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特定非営利活動法人がんサポートコミュニティーは、がん患者さんとそのご家族のために専門家による心理社会的なサポートを提供するNPOです。

TEL. 03-6809-1825

105-0001 東京都港区虎ノ門3丁目10-4
虎ノ門ガーデン
214号室

支援者の声SUPPORTER'S VOICE


「がんとどのように向き合ったらよいのだろう?」
特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー会長 垣添忠生
(公益財団法人日本対がん協会会長/元国立がんセンター名誉総長)

「がんと共に歩める社会を目指して」
特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー顧問 藤原康弘
(国立がん研究センター企画戦略局長兼同中央病院乳腺・腫瘍内科科長)


「がん患者さんの家族に対する心のケア」
特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー顧問 大西秀樹
(埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授)

「触れる手、癒す手、あいだをつなぐ手」
日本赤十字看護大学名誉教授 川嶋みどり

「衆生病むが故に我も病む」
特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー顧問 松濤諦雲
(大徳寺龍泉庵住職)


「自分らしさの回復のために」
特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー副理事長 遠藤公久
(日本赤十字看護大学教授)


「地域コミュニティーとしてのサポートグループ」
国立がん研究センター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発分野長 小川朝生

「情報を見極め、決断・行動するために必要なこと」
帝京大学医学部臨床医学研究講座特任講師 大野智

「在宅で平穏な看取りを迎えるためには」
要町病院副院長/要町ホームケアクリニック院長 吉澤明孝

「がん相談外来を始めてみて」
帝京大学医学部難治疾患支援学講座/
帝京新宿クリニックがん相談外来特任教授 江口研二

がんとどのように向き合ったらよいのだろう?


特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー
会長 垣添忠生

公益財団法人日本対がん協会 会長
元国立がんセンター 名誉総長


私はがん診療に約40年にわたって携わってきた。若い頃は、約15年間、がんの基礎研究にも夢中で取り組んだ。また、私自身、がんを2回経験した。国立がんセンター中央病院長時代に大腸がん、職員検診の便潜血反応で発見され、内視鏡切除を受けた。もう一つは、総長時代に、センター内に厚生労働省の理解を得て新設した、がん予防・検診研究センターを体験受診した際に、左腎がんが見つかった。幸いに径一センチの初期だったので、左腎部分切除により完治した。国立がんセンター総長(当時)が、自分が専門とする泌尿器がんで死なないで済んで幸運だったと思う。
私の妻は、3度目のがんであるわずか4ミリで発見した肺がんを治せなかった。悪性度の高い小細胞がんで、平成19年12月31日、自宅にて死去した。私は妻の約2年半にわたる闘病に全面的に付き合ったがん患者の家族であり、その後、遺族となった。妻が亡くなった後の約1年、私は強い喪失感から苦しみ抜いた。今は3年半経ち、悲しみを抱いたまま生きる術を身につけてきた感がある。
また、私は国立がんセンター中央病院長、総長時代の15年間、そして現在に至るまで、厚生労働省、文部科学省、日本医師会などのがん対策にも深く関わってきた。
このように、私はがんという病気のあらゆる側面に深く関わってきた。私は自分の体験に基づき、がんとどう向き合ったら良いのか?を考え続けている。現職中に求めてきたことが二つある。一つはがん検診を再度、国の事業に戻すこと。昭和41年(1966年)に胃がん検診から始まったわが国のがん検診は、子宮がん、乳がん、肺がん、大腸がんまで対象を広げ順調に進んできたが、平成10年(1998年)、国の事業から市町村が自ら企画、立案、実施する事業に変換され、以来、迷走を続けている。がん検診を実施して当該がんで亡くなる人を減らすには、対象年齢の50%以上が受診しなければならないのに、現在も20%前後を低迷している。「国から地方へ」の判断が誤りだったのだから、政治主導で再度「地方から国へ」事業主体を戻すべきと思う。
二つ目はがん登録、がんの正確な実態把握には院内がん登録に基づく地域がん登録を国の責任で行う必要があるのに、これも都道府県任せで、正確な実態把握とはほど遠い。先進国の多くが「がん登録法」に基づき、国の責任でがん登録を実施していることに思いを致すべきだ。正確な実態が把握されなければ将来予測も曖昧になるし、がん対策の目標が達成できたか否かも評価できない。
さらに、妻をがんで喪ってから考え続けていることが二つ。一つは「在宅医療、在宅死」を望む人にどのようにそれを保障したら良いか?その体制作りを急がなければならない。もう一つは、妻を亡くした後の私の苦悩の体験から、また『妻を看取る日』(新潮社)に対する読者からの膨大な反応から、いわゆるグリーフ・ケアを希望する人々にそれを届ける体制をどのように実現したら良いか。
がんはどなたにも起こり得る病気である。がんになっても、それ以前と同様の生活を気負いなく送れる成熟社会の実現に向かって、以上の四点を私は努力していきたいと思う。


がんと共に歩める社会を目指して


特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー
顧問 藤原康弘

国立がん研究センター 企画戦略局長
兼同中央病院 乳腺・腫瘍内科 科長


私はがん専門病院で乳がんを中心にがん患者さんの診療に従事する内科医です。医師となって29年、途中、研究所での研究者としての生活、大学医学部附属病院での教官としての生活、米国留学、新薬の承認審査部門での審査官、内閣官房でのイノベーション戦略立案と様々な経験をしつつも、キャリアの半分は呼吸器内科医として、そして最近の10年は腫瘍内科医として、がん患者さんの診療は一貫して続けております。
研究者としては抗がん剤が効かなくなる機序解明と克服方法の開発の研究をしておりましたし、大学では肺癌診療の専門医の育成に関わり、留学中は抗がん剤の第T相試験(はじめて人間にクスリを投与する段階)の研鑽を致しました。米国留学から帰国直後、エイズ薬害事件を契機に発足した医薬品医療機器審査センター(以下、審査センター;当時は日本版FDAとも呼ばれていました)に、薬事行政なんて右も左もわからない中、医師の審査担当官の初代となって赴任した時期が人生最大の転機でした。上京しての転勤とほぼ同時期に脳梗塞後遺症の義母の面倒をみつつ設計事務所をやっていた30代の義姉を乳がんで失い、新しい仕事に加え、介護も手伝うという二足のわらじは、きついものでした。その経験が、「ドラッグ・ラグ解消と創薬立国を実現する」という自分の仕事の目標と「がん患者さんに寄り沿いながら、家族の皆も支える」という診療における基本姿勢を育てることに大きく貢献してくれたと思っています。
審査センター発足直後、いや今でもですが、新薬審査は役人が業界や大学医学部の大教授たちと癒着しつつ進めているという批判を耳にしますが、実際の新薬審査の現場を経験してみて、それは完全な誤解であると断言できます。審査官時代を含めて何度も海外の規制当局を訪問しましたが、英語での会話力を除いては、日本の審査官の能力は米国やEUと比べても格段に優れたものです。ここ数年で、ようやくEUの中央審査部門(EMAと呼ばれています)並の職員の数(700名弱)となりましたが、EUでは各国に、中央部門とは別に審査や薬の安全対策を担当する官庁があるので、創薬・育薬(iPS細胞などを用いる再生医療なども含め)を日本が世界をリードし、国民が世界で最新かつ最良の医療を享受するためにはもう一歩のマンパワーの強化が必要であることを皆さんには知って頂き、応援してもらいたいです。また、ドラッグ・ラグの苦しみを役人はわかっていないとの批判も聞きますが、審査センター時代の同僚や先輩、後輩、皆、自分ががんを罹患しこの世を去ったり、抗がん剤治療でがんと戦いながら新薬を渇望していたり、がん患者の家族として介護をしています。役所を敵とするのではなく、敵とか味方という概念を捨て、皆でスクラムを組んでがんという難敵に戦うという気持ちが大事だといつも思っています。
一方、がん診療をみてみると、留学時代に見た「経済的余裕の程度により受けることのできる医療が変わる」米国型医療の負の部分を皆でもっと認識しないといけないと感じます。米国の新薬審査部門のFDAという官庁が薬を承認しても、高額な価格とべらぼうに高い医療費あるいはそれを受けるのに必要な毎月の高い保険料のために、存在するクスリを自分に使えない(「インシュランス・ラグと米国の新聞記者さんは名付けています)状況を私は日本で再現したくありません。国民皆保険の維持に加え、患者、患者家族のみならず広く国民皆や製薬産業以外の企業も寄附をして国民基金を創設してインシュランス・ラグに備えることも解決策のひとつになると思っています。
さらに働き盛りの患者さんを日夜診療する中、仕事・就業とがんとの付き合いの両立が如何に難しいものかを日々実感させられます。さらに高齢化社会となり独居の方が増えている都会での在宅医療の困難さも感じます。「がんと共に歩める社会」を目指すには、診断・予防・治療の進歩に加え、さまざまな社会制度改革も必要です。医師vs患者、役人vs患者団体といった対立する構図を想定するのではなく、いつかは自分も罹患するであろうがんという疾患のみを見据えて、皆でこの難敵に立ち向かっていきましょう。


がん患者さんの家族に対する心のケア


特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー
顧問 大西秀樹

埼玉医科大学 国際医療センター 精神腫瘍科 教授



家族の一員が、がんになる。将来の予定全てを覆すかのように、私たちの人生に割り込んでくる“がん”。とてもショッキングな出来事です。手術、放射線、化学療法、フォローの外来。長期にわたり、がんとの闘いが続きます。

このような状況の中、患者さんのご家族は、病院への付き添い、病状説明の同席、手術の待機、治療費の支払いなど黙々と働いているのが見かけられます。ご家族だから当然の行為なのかもしれません。
でも、ご家族の心境はいかなるものなのでしょうか。
夫が、妻が、がんになってしまった。どうして見つけてあげられなかった?調子が悪いと言ってたのに・・・、よく話を聞いてなかった?食事が悪かった?無理をさせたのがいけなかった?子どもたちにどう伝えるの?これから先、一体どうなるの?
患者さんが、がんの疑いをかけられたときから、ご家族にも様々な不安、悩み、苦しみが押し寄せてくるのです。しかし、病気でない自分が不安や悩みを訴えるのは周囲の人に申し訳ないという思いが強く働き、黙って耐えていることが多いと言われています。
ご家族の負担は病気の心配のみならず、社会、心理、経済面など様々な領域に及びます。ご家族の心理的負担の程度は患者さんと同程度かそれ以上であり、患者さんの病状にかかわらず出現することが知られています。身体の不調を訴える人も多くみられます。
このように家族の負担は大きいことから、患者さんと同様、治療とケアの対象であり「第2の患者」といわれています。
がん治療は患者さんのみならず家族も含めた総合的な医療です。患者さんとご家族は別々ではなく、一つの単位と考えられています。ご家族が心身の健康を取り戻すことは、患者さんの幸せにつながるのです。
医療者は患者さんの幸せを願うことはもちろんですが、ご家族の幸せをも願っており、できる限りのお手伝いをしたいと思っています。「ご家族が何か困っていることがあるのかな」と感じたときには声をかけるようにしています。でも、医療者も人間です。全ての人の悩みが分かるとは言えません。私がご家族の診察が大切であると感じたきっかけの一つは、病棟看護師に「患者さんのご家族、調子が悪そうだから診てください」と言われたことです。そのときはご家族が不調であることに気がつきませんでした。医療者でも気がつかないこともあるのです。
お願いがあります。私たちが気づかないときは、遠慮せず私たちに声をかけてください。
一人では大変でも、みんなで力を出し合えば乗り切れることはたくさんあります。みんなで助け合いましょう。完璧な援助はできないかもしれません。でも、きっと、心と身体が楽になるはずです。
ご家族のこと、私たちは心から応援しています。少しでもお役に立てば幸いです。


触れる手、癒す手、あいだをつなぐ手


日本赤十字看護大学 名誉教授
川嶋みどり




サンデロウスキーという米国の看護学者が、医療現場でのIT化の進行で、新しい種類の「手を出さない看護」をもたらしたと述べています。何という痛烈な言葉でしょう。
元々、医療や看護は“手当て”と言う言葉に象徴されるように、医師や看護師が自分の手を用いて、患者さんの身体にじかに触れることから始まったとも言えます。ところが、昨今の医療の高度化とともに、日本の病院の外来の診察室でも、医師が患者の顔よりもコンピュータの方に向きがちで、不具合を訴えても聴診や触診を全くされない場合が少なくありません。看護師もまた自分の三本指で脈拍を触知する方法など忘れたかのように、血圧計をぐるぐると巻き付け、ついでに脈の数も測ってしまっています。呼吸が苦しいと言えば、洗濯ばさみのようなサチュレーションモニターのデジタルな数字に頼って、苦しい訴えを退けるような風潮さえ見られます。
数百万年前、体重を支えていた前足を手に開放した人類の祖先以来、手は人間の生活のあらゆる基本であると言ってもよく、家事、育児、種々の創作をはじめ、あらゆる生活手段や無意識のしぐさの中にも手を用いてきました。竹内敏晴氏は、少年の頃、急性中耳炎で身じろぎしても痛む耳に苦しんでいた夜、そっと枕元に膝をついて熱の有無を確かめ、汗にぬれた肌を手早く拭いて寝間着を着替えさせてくれた母の手の記憶の中に、看護される体験の原点を見たと述べています。
そこで、看護にフォーカスを当てて見ますと、支え、抱き、抱え、握り、挟み、触れ、さすり、撫で、つかみ、揉むなどなど、看護師は実に多くの手を用いてきたことに気づきます。癒やし、鎮め、励まし、慰め、身体の向きを変えるなど、目的によって自由自在な看護師の手といえます。しかも、温度は一定でサーモスタット不要です。胸に手を触れれば、気道の分泌物の有無を知ることもできますし、手のひらを通して肌の湿潤や乾燥も観察可能です。また、心をこめて触れるだけで、支えや励ましのメッセージを送ることさえ可能なのです。限りなく進歩し機械化された医療のもとであるからこそ、惜しみなく手を用いたケアを実践すべきであろうと、昨年来、看護師の手の有用性の研究に取り組んで来ました。
折しも、大学院の修論発表会で、看護師の手のぬくもりが患者さんとの信頼関係を生み、語りを生み出す場になったばかりか、言葉に表現しきれない思いさえくみ取ることができたと、がんの終末期に行ったマッサージを通して患者さんと関わる意味を見いだしたことを語った学生がいました。緩和ケア病棟の看護師であった彼女は、病棟に戻ってからもきっとこの研究を根拠にしながら、患者さんによりそい、苦痛の緩和を目ざすケアの実践に精進してくれることと思いながら教室を後にしました。


衆生病むが故に我も病む


特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー
顧問 松濤諦雲

大徳寺龍泉庵住職


2008年9月に直腸にがんが見つかり、10月2日直腸低位前方切除の手術を受けました。前もって竹中先生から、手術をするのは間違いないので身辺の整理をして待機しているように言われておりましたのと、ご紹介いただきましたドクターも、その姿、お声、診察のご様子等信頼に値する先生だと思い、躊躇することなく手術の日取りを決めました。その時は不安を感じたと言うよりは、むしろ「やった!」という、相反するものを感じたのを覚えております。持病の股関節の置換手術の時は、するかしないかでドクターの意見が二分してしまい、どちらが良いのか決められず、うつ病のようになってしまいましたが、今回の場合はすんなりと手術を受け入れることができました。私は右に行くべきかまたは左に行くべきか分からない時は、経験と知識の豊富な信頼できるドクターにお任せした方が良いように思います。また自分自身、身近な人のために決めてあげなければならない時もあると思っております。
衆生(しゅうじょう)病むが故に我も病む」という語は、お釈迦さんが、病気になったと聞く“ウイマラ”という信者さんのもとへ、弟子たちを病気見舞いに行かせるという設定の、維摩経(ゆいまきょう)に出てきます。そのウイマラさんが、「世の中一切の生きとし生ける者がいまや病気で苦しんでいるので、自分もその苦しみの一端でも共に味わい一助ともなりたいがために病気になっているので、心配ご無用」と言ったという有名な言葉です。私はがんサポートコミュニティー(当時ジャパン・ウェルネスの設立以来、一部の方々と坐禅をして参りましたが、坐り終わって皆さまのお話をお聞きしておりますと、いつも我が身に負い目を感じておりましたが、今は皆さまと同じレベルでお話ができると思って喜んでおります。
現在、二人に一人ががんを患い、三人に一人ががんで亡くなると言われ、がんはすべての人々に内在するもの、生命そのものの持つ現象とも言われ、各分野で研究がなされ本も書かれておりますが、それらは必ずしも心の安らぎを与えてくれるとは限らず、かえって我々を疲れさせ不安にさせる場合もあると思います。がんサポートコミュニティーは何も難しいことを言わず人と人との繋がりを通してお互いに癒し合う格好の場だと思います。仏教では聞思修(もんししゅう)と言って、人のことによく耳を傾け、よく考え、それを実行に移すという三つを尊重しますが、とくに人の言うことによく耳を傾けるというロジャース流のセラピーを重んじます。人の言うことをよく聞いてあげることができれば、それだけ自らの持つ心の抑圧からも解放され、自ら癒されることに最近気づきました。
今回、がんを患うことにより、ますますこの“聞”に磨きをかけたいと思っております。4月にでもなって、また暖かくなり、桜の花でも咲く頃、坐禅を始めたいと思っております。是非お出かけください。


自分らしさの回復のために


特定非営利活動法人がんサポートコミュニティー
副理事長 遠藤公久

日本赤十字看護大学教授


私は創設以来、主に消化器系(胃・食道)のグループならびにご家族のグループのファシリテーターをさせていただいてまいりました。当然のことながら、お一人お一人の人生が異なり、価値観が異なるように、がんの症状もその捉え方もそれぞれかと思います。私たちファシリテーターは、そのような多様性のあるグループのなかで、それぞれの参加者が素直に語り合い、お互いに<癒しー癒される>関係になれるにはどのようにすればよいかということを考えお話を聞かせていただいております。
がんになると、身体的、心理的、社会的、そして実存的側面における全人的な喪失を体験するといわれます。そのような喪失体験は、自分や将来への不確実さを強めます。私は、このような喪失体験のなかでも、とりわけ、「(生きる)意味の喪失」(「なぜ自分か」「なぜ今か」「がん人生にどんな意味があるのか」)「関係性の喪失(孤独の問題)」(「誰が今の私を理解できるのか」、「患者でなければ理解してもらえない」)「アイデンティティの喪失(自由の問題)」(「今の私に何ができるのか」「がんに罹患した私とは一体何者か」)などの問いかけや思いは、生きる意欲と深く関わる重要な問題だと思っています。
人は一般に困難に直面しますと、そのことを「認めたくない」「何も考えないようにする」「負けない」「ただ前向きにがんばろう」と、その問題から回避したり、否認したり、心の奥に押し込もうとしたりすることが多いかと思います。しかし、いくらそうしても、例えば、就寝前や夜中目が覚めてふと将来への不安が意識に昇って眠れなくなったり、新聞に掲載された記事や広告の「がん」という言葉に過敏になり、急に不安が強まったりされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。心は、その問題があまりに重大だと意識的にコントロールすることが難しくなります。そのようなしまいきれない心の問題を回避や否認や抑圧するには多くのエネルギーを必要とするようです。
それでは、どのようにして少しでも心の安寧を取り戻し、その人らしさを回復することができるでしょうか。私はここでは三つのことをあげたいと思います。
一つは、正しい情報を得ることです。例えば、最新治療法、検査データの正しい知識、術後の回復過程、抗がん剤の副作用の理解、転移後の自分の辿ると予測される病態変化などがあげられます。そうすることで、現在の自分あるいは今後予想される自分の状態について理解が深まると少し安心かもしれません。
二つめは現実の問題に対して何とかなるとか、何とかやっていけるという感覚を取り戻すことです。術後直後しばらくの間は頭からがんのことが離れない事が多いので、本人も家族もがんについて考えない時間が必要です。瞑想や自律訓練法などのリラクセーション法、ウォーキングや軽い体操、コンサートに行くなど、自分でストレスを緩和させる方法を見出すことで少し自分に自信がもてるかと思います。


地域のコミュニティーとしてのサポートグループ


国立がん研究センター東病院 臨床開発センター
精神腫瘍学開発分野長
小川朝生




2013年にわが国は65才以上の人口が25%を越え、未曾有の超高齢化社会を迎えています。近頃はニュースのあちこちで高齢化が連呼されるため、20%以上という数字にもいつの間にやら慣れてきてしまった感があります。しかし、過去を振り返ってみると、今の近代医療が育ち始めた1900年代の高齢化率は1%、近代ホスピスが芽生え、生活の質を医療が問い始めた1950年代でもせいぜい10%であったことと並べてみますと、医療をとりまく前提条件が、大きく様変わりしてしまったことを改めて感じざるを得ません。
高齢化が進むことでの問題として、第一に支える社会体制の負担が大きくなっていく点がしばしば指摘されます。たしかに、負担の増大も課題ではありますが、医療の今後を考える上で意識しなければならない点は、高齢化の問題の現れ方が地方と都市部で違う点です。まず、地方では、高齢者人口の増加は多くとも30%程度に留まるのに対して、東京や大阪など大都市近郊では、70%から100%も急増する点です。特に、この傾向は東京近郊で著しく、医療の支援を受けながら地域で暮らす体制をどのように作るかが課題となります。このような支援を目的として提唱されているのが、地域包括ケアであり、その実現に向けて、地域ごとにどのように取り組むかが議論されつつあります。
当然、医療をどのように提供するかが大きな課題となりますが、医療とあわせて問題になるのが、支援体制をいかに地域につなげていくか、という点です。今、好事例として取り上げられる地域は、主に地方であり、その地ではもともとネットワークが密にあり、生活をお互いに支える文化があります。しかし、今後問題となる都市部においては、個人のプライバシーをお互い重視し、他人の目を気にしなくてもよい反面、たとえ近所であってもお互いの生活を知らず、生活に助けが必要となった場合に、助けを出すことが難しくなった面があります。また、助けを求めたいと思ったとしても、個別のニーズを強く持っていることもあります。単に近所の「世話焼きおばさん」がいればいいというわけにはいかない難しさがあります。
このような地域では、ニーズや情報を基盤とした新たなつながりが期待されています。これは情報やニーズに沿った支援、サポートグループの志向と一致します。がんサポートコミュニティーが目指す支援は、参加者個人個人のニーズに応じたコミュニティーの場を作るのみならず、必要な医療にもつながる場でもあり、新しい地域医療のネットワークとしての役割も担っています。
共有できる「場」として、「何かちょっとしたことでも」発信できる・受ける担い手として、サポートグループからの発信と展開に期待をしています。


地域のコミュニティーとしてのサポートグループ


帝京大学医学部臨床研究医学講座
特任講師
大野 智



近年、インターネットの発達によって、誰にでも簡単に医療情報を入手できるようになってきました。その一方で、大量にあふれる情報に翻弄され、うまく活用できてない人も多いのではないでしょうか。
そのような状況を踏まえ、国立がん研究センターでは、『がん情報サービス』を立ち上げ、科学的根拠に基づいて情報を整理し、現時点で明らかとなっている正確な情報を分かりやすく紹介しています。また、厚生労働省は、多くの患者さんが興味関心を持っている健康食品・サプリメントなどの補完代替療法についても、『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』の一環として、『「統合医療」情報発信サイト』を立ち上げました(この事業には、私自身も関わらせて頂きました)。
いずれのサイトの情報も、重要視しているのは科学的根拠です。別の言い方をすれば、臨床試験などの研究結果から導かれた「裏付け」と理解していただければと思います。
ただ、これらのサイトの情報をみてみると、「?と考えられます」「?の可能性があります」などの曖昧な表現が多く、断定的な文章を見ることは余りありません。その一方で、「100%の治癒率」「絶対安全」などといった宣伝文句を見たり聞いたりしたことがある人もいるかもしれません。果たして、どちらの情報が、正確な説明の仕方なのでしょうか?
実は、医療情報というのは、なかなか白黒がはっきりとつけられるものではなく、ほとんどは灰色であるのが現実であることを是非知っておいて下さい。治療法を選択する際に、臨床試験で明らかとなった数字は、判断材料として重要な意味を持っています。しかし、医学・医療は万能ではありません。治療効果が100%で、副作用が0%という治療法は残念ながらありません。また、臨床試験の結果も、参加した患者さんの「集団」を対象とした値であって、個人にとって、効くか効かないかは、やってみなければわからないという悩ましい現実があります。
「できるだけ健康に良いことをしたい」「効果のある治療を受けたい」という思いは、多くの人々に共通の願いだと思います。そんなとき、誇大な宣伝文句に惑わされないための、情報を見極める目を身につけていただきたいと思います。
そして、情報を見極め、取捨選択し、それをもとに決断して行動することになります。決断は、「するか、しないか」ですから、白黒をつけなければなりません。ここで「灰色(の情報)から白黒(の決断・行動)へとジャンプする」ということになります。
医療では、すべての患者さんが同じ情報をもっていても、価値観によって選び方は異なってくることがあります。「なぜ生きたいのか?」「どう生きたいのか?」など個人個人の人生観や死生観によって、治療方針の決定(決断)は千差万別になります。残念ながら、医療情報に、「するか、しないか」といった答えはありません。あくまで患者さん自身が判断するための材料を提供してくれるだけです。
人生の判断をするための価値観。すぐに答えが見つかるわけではありません。また、正解があるわけでもありません。しかし、患者さん一人ひとりが、ご自身の体の責任者として、人生の意義や使命、希望について、一度、考えてみてはいかがでしょうか。


地域のコミュニティーとしてのサポートグループ


要町病院副院長
要町ホームケアクリニック院長
吉澤 明孝




「看取り」という言葉は、日本独特の表現である。本来(「看取りまたは看病り」とも書く)病人のそばにいて、いろいろと世話をすることつまり看病を指す言葉であるが、現在では臨終に付き添うことを指すことが多く、病人を看取る=看病とは取られず、気をつけなくてはいけない。しかし看取りは平穏、もしくは「おえがた」といったソフトなれのイメージがある。「看取り」の今の定義は「無益延命治療をせずに、自然過程にゆく高齢者見守るケアをすること」と言える。つまり、慢性疾患する高齢者終末期、がん末期の終末期において、緩和ケアを実践するということを意味する。また施設での看取りと在宅看取りでは、看取りに対する考え方、看取り方にも違いがある。
簡潔に言うと施設医療は、外来、入院ともに「治療(Cure)」であり、我々医療者が「ホスト」として患者、家族を「ゲスト」として迎えることになる。在宅医療は、「家族と楽しく過ごすことを支えるケア(Care)」であり、患者、家族が「ホスト」である城に我々医療者が「ゲスト」として訪問することになるのである。
それを踏まえて「看取り」を考えると、医療機関(入院)での看取りは、患者、家族にとって、ホストである医療者によってアウェイのゲストハウスで医療(治療)として旅立ちを確認されることになる。在宅での看取りは、家族がホームである城で家族として旅立ちを見送ることになる。それぞれに先に示した利点欠点がありどちらが良いとは一概には言えない。しかし、最近話題の「平穏死」「自然死」ということを考えるには、医療機関施設での看取りは不向きであることは確かである。医療機関では医療者は、対一人を看るわけにはいかず、変化を把握し対応する目的で少なくとも心電図モニターなどバイタルサインモニターの装着、点滴、酸素などの医療処置が施されることが多くなる。最近終の棲家としての老人施設、介護施設特に特別養護老人ホーム、グループホームなどで看取りがされるようになってきているが、やはり住所は移していても家族のいるホームとは異なり、医療施設とまではいかないが、最後まで胃瘻注入、血圧測定などが行われているところが多い。

先に述べたように在宅での看取りは、家族によって看取られることであり自然な経過での旅立ちを送ることができる場でもある。在宅では施設と異なり、本人の意思を尊重し(意思確認可能時)、本人意思確認不可であれば本人の尊厳を家族と相談し、家族の希望をかなえることも可能である。そのためには、死をタブー視するのではなく、日常の事として受け入れられる死生観の変革も必要になる。そのためにも、みんなで普通に話し合える機会(場)を提供するがんサポートコミュニティーの役割は大きいと考える。


がん相談外来を始めてみて


帝京大学医学部難治疾患支援学講座/
帝京新宿クリニックがん相談外来特任教授
江口 研二



がんの診療ガイドラインと実際の治療
私が築地の国立がんセンター病院のレジデントとしてスタートしたのは昭和50年です。主に呼吸器領域の悪性腫瘍(原発性肺がん、多臓器がんからの転移性肺腫瘍、胸腺がん、悪性リンパ腫など)の画像診断・内科的治療・緩和的医療を担当しました。その後も現在まで、進行肺がん、乳がん、消化器がんなどの悪性腫瘍診療を専門としています。特に最近のがん薬物療法は急速に進歩して、肺がん・乳がん・消化器がんなどの診療ガイドラインは、書籍版の改訂が間にあわず、各専門学会のサイトや公的な薬剤添付文書などで最新情報を補完しています。しかし、診療ガイドラインはあくまでも初級教科書であり、個々の患者さんの診療方針となると、教科書応用編になるわけです。そこで、医療機関では多職種専門家による定期的なキャンサーボード(患者さん毎の方針会議)が必要になるわけです。
“免疫療法”と“免疫チェックポイント阻害薬”
近年、多くの難治性進行がんで、抑えられている「がん免疫」を正常な機能に戻すような薬剤が、予想以上に治療効果を示し、世界に衝撃が走りました。免疫チェックポイント阻害剤といわれる薬剤で各国が短期間のうちに承認し使用され始めました。日本では、2016年7月現在、ニボルマブが進行非小細胞肺癌、悪性黒色腫にすでに承認されています。たとえると、進行がんでは人体内にいる警官(がん免疫)をだまして、警官が泥棒(がん細胞)を見つけることができないような状況になっています。ニボルマブは、警官と泥棒とのやりとりの場で、泥棒の化けの皮を剥がして、警官が適切に仕事するような効果があります。
いままでの「免疫療法」は、警官をいわば強力な軍隊にすること(攻撃力の増強)を狙ったものでしたが、このチェックポイント療法は逆に敵の化けの皮を剥がし、警官が捕まえやすくするのです。
現在でも免疫チェックポイント阻害薬以外の「免疫療法」は標準的な治療法ではありません。ネットで容易に検索できる“民間で行われている「免疫力アップなどと言う免疫療法」”は信頼に足りる大規模臨床試験などもなく、効果と安全性を適正に評価できません。
免疫チェックポイント阻害薬が承認され、「免疫」という言葉を使った民間療法が、がぜん勢いづいて、新聞・雑誌広告やネットに沢山出まわるようになりました。民間免疫療法の簡単な見分け方として、動物実験や少数の患者さんの印象記などしかない治療法か、治療法の経費の決め方、自分たちだけしか行っていない治療法か、抗癌薬などを併用しどれの効果かわかるのか、などをチェックしてください。


バナースペース

特定非営利活動法人
がんサポートコミュニティー

105-0001
東京都港区虎ノ門3丁目10-4
虎ノ門ガーデン
214号室

TEL 03-6809-1825
FAX 03-6809-1826